ゴーダワールド

 hello. i love you. oh right! Let’s die. Actually, Let’s enjoy my life

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どーでもいいや、と言いながら本当はかなり人知れず本気で生きている俺。そんな俺を救えるのも本当は自分だけ。

purpleeyes.jpg

ただでさえ雨が降って体調がおもっくそ悪いのに、娘が描いた絵を見てそのあまりの素晴らしさに「俺、絵をやめたほうがいいんじゃないか?」と落ち込んでしまっているゴーダです。


せっかく最近、我が家に訪れてくれた近所のママさんが、僕の絵に感動してくれたらしく(まだ未完成なのに)ぜひ絵画教室を開いてほしいという提案まで頂いてとっても嬉しかったのに。

もちろん、僕は絵を習ったことは無いし、ましてや人さまに教えるなんてとてもとても出来ないので(それに絵について教えることなんか何もないです)笑ってごまかしてますが、それよりも、自分の子供の描く絵にこんなに打ちのめされているのだから困ったものです。


だからといって僕のような大人が児童画の真似して描いても見え透いたウソはバレバレなので本当に人を感動させることなんか出来ないと思うので、ただただ自分の絵を、自分が描ける絵をただ描くだけなのですが、毎回毎回「こんなに私的で個人的な絵を展示して大丈夫なのかなあ」って本当に思います。


もちろんそれは大きい絵だけでして、↑の画像のような小さい絵はあまった絵の具でちょちょっと描く程度のものですので関係ありません、ま、関係なくもないけど。

ですが、大きい作品にはいろんな濃いメッセージや思いなどを人生を賭けて描いておりますので、時々ですが人の心にズドンと届く、響くことがあるそうです。

まさに、その瞬間を共有したいがために描いて、展示していると言っても過言ではありません。


僕はいつも「わかる人にはわかる。届く人は必ずいる。」と思っています。



わかる人はいる。


必ず。



☆   ☆   ☆


話は変わって、僕は最近CDをよく買います。

このCDが大不況のご時世に?って思われるかもしれませんが、結構買ってます。
これからも買います。

これは単純にネットのおかげだと思います。情報が錯乱状態で飽和してて世間一般ではいろんな物事に飽き飽きしてるのかも知れませんが、これは言ってみれば、変なメディアに惑わされること無く、自分が好きな音楽を自分で見つけることが可能だということかも知れません。

ネットでじゅうぶん?いえいえ、ネットは情報のみ。
僕には不十分です。


YOU TUBEでみつけて「CDは作ってないのですか」と連絡することもあります。

いい音楽はいっぱいあります。僕はアングラ系が好きなのですが、ジャンルに限らずともプロ、アマを問わずいい音楽を作っている人はいるものです。

僕が好きな音楽の傾向としては、


媚びてない。



これが目安になってる傾向があります。




僕も絵で媚びるつもりはさらさら無いです。




さらさら無いですね。






GODA










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詳細はまた今度書くけれど、今年最後になる出展を決めました、さっき。何だろうね、強いて言えば、単なる気分かも知れないね。

roomhello.jpg

今年中は、定年退職したあとのジジイのように静かに制作に没頭にふけるつもりだったんだけれど、んー、やっぱり最後にひとつだけ出展してしまおう、とさっき決めました。

いろいろと出展のお誘いしてくださったのに断ってしまった方々、本当にお誘いくださってありがとうございます。そして、お断りして申し訳ありません。


タイミングかな。


中には物凄く興味のあった出展もあったのですが、やっぱりタイミングが。
今回決めた出展は、少しだけ無理して頑張れば新作を出展できるっていうタイミングの企画でしたので。


で、突然決めたからちょっと焦っています。
だって仕上がってないし。
仕上がるかどうか微妙だし。仕上がらなくてもそのまま出すけど。
今、定年退職のジジイから脱却するよう脳内の変換をしております。


俺、体、あと二つ、欲しい。


そして、その二つの体で吸収した経験や目で見たものや考え方などを今のこの僕のOSのデータに入れたい。
自分の絵はやっぱりそんな日常生活がないと生まれないから。

仕事に行ってくれるカラダ
家族と人生を生きてるカラダ


欲しい。そのふたつ。
そうでないと絵なんか描いてる時間ねえよ。
ゴッホは死ぬ前の一年間で150点もの作品を描いたそうだ。

150点!!

俺は今、4点が限度。小さい絵を入れたらそれでも30くらいか。


でも、やはり妥協だけはしたくないし。
自分には自分にあったやり方があると思うし。

何かに急かされたり、ガンジガラメになってまで絵を描く意味は自分にはないし。
こんなに不自由な世界に生きているのに、絵くらい自由でいたい。



おおっと、娘が二階で泣いている。
あいつまだ一人で寝られへんのかいな。
しょうがないから今日はここまでにします。


最後に、昨日書いたメモ。


「 しばられるくらいなら、絵なんか描かない 」




GODA





結局自分は他人に合わせている暇なんぞないという嫌な人間であり、ただただ自分の絵を描くだけなんだってそんなことは大昔からわかってたことなんだけれどもそんなこんなを再確認しつつ、今の積み重ねを大事にしつつ堂々と胸を張ってコマを前に進めていく。死ぬまで。


cafe.jpg

うちのアトリエは寒い。


とっても広くなったので大きい絵も描けるし、楽器(ピアノやギター)もすぐ横にあるし、コンポもあるし、パソコンもあるし、自分の絵も白壁に飾りまくっているので僕にとっては天国のような場所だけれど、寒い。


ので、さっきフリースのズボンを出してきて「寒い寒い震えるよう」って言いながら絵を描いていたら、↑の画像のコーヒーが出てきた。


もともと、スタバ&無印cafeの仕事をしていただけあって女房のつくるコーヒーは美味い。



要するに、環境は最高なのである。



こんなに恵まれた環境で絵を描かせてもらっているのに(ま、寒いけどさ)、肝心の「絵」が死んでいては話にならないではないか。 


もっと生きた絵を! 

生命感あふれる絵を!

静かな中に躍動感ある絵を!

魂の声に耳をかたむけろ!



自問自答の毎日で、自分の魂の声に耳をかたむけようとすればするほど、内側へ内側へと入っていく自分がいて、自分の魂との会話で思うことは、魂はやはり、自由で純粋でとらわれなくて大胆で明るくて荘厳であたたかい。


もっと魂の声に耳をかたむけろ。



普段、バカなことか、くだらないことや嘘しかついていない僕は、せめてここ(GODA WORLD)では絵を描いている時の本当の自分を出して行こうと、さっき決めた。

もちろん、もともとストイックな人間ではないのでくだらないことも書くと思うけれど、もっとカッコウつけずに自分を出していこう、その割合を上げていこう、と、さっき決めた。



じゃ、さいごに。


昨日の夜中に殴り書きして、壁に貼り付けたメモにはこう書いています。



「俺を分類するな」







GODA










盆に田舎で捕まえてきたカブトムシを埋葬しながらふっと空を見ていたのです。青くて高い空でした。 ↓の絵は最近小さい絵を描いてないから急遽2日間で描いたものです。


enter.jpg



真夜中に絵を描いているとき、いつも横でゴソゴソと動いていたカブトムシがついに逝った。


夜光性だったのかなあ、昼はいつも寝ているのに夜中じゅう、明け方まで起きてゴソゴソと動いていました。
毎日たったひとりでバカのように何の意味も無いのに、一銭のお金にもならないのにひたすら絵を描いている僕にとって、描いてるあいだはずっと付き合ってくれている大切な「命」だと勝手に密かに思っていました。

ま、そんなにいうほど相手にもしてなかったし、土を変えるくらいだったし、ほとんどほったらかしだったんだけれど。


でも、今日からは・・いないんだ。


今日からはまた真夜中にたった一人で起きて絵を描くことになるんだ。



今は結構大きい絵を描いているから、5mくらい後ろに下がっては近づいて絵の具を塗って、下がってはまた近づいて塗っての繰り返しをしてるんだけれど、そんな時に横でゴソゴソと動いてくれたり、逆さまになってモガイていたりしてるのを見て結構癒されていた。


さっき大事に裏庭に埋めてやった。

以前の金魚のとなりに。



kabutomusi.jpg


そうか。またひとりで描くことになるんだなあ。

僕はなんでこんなに病気になってまで絵を描いているんだろう。
やめてしまったら凄くラクになるのに。
誰も責めやしないし、誰も描けとは言ってないのに。
絵を描いたところで何もないのに。

ただ、必要がなくなればいつでもやめてやるさ、という自由感があるのは確かであって、だからこそ今しか描けない絵が描けるんだとそう思っている。


僕には未来はない。過去もない。「今」しかない。
常に「今」しかなくて、それがどうしても作品作りへと前に向かわせる。

「今」というものが存在しなければ絵なんか描かない。
「今」が無ければ、すべてがどうでもいい。勝手にしやがれだ。
「今」が無ければ、僕は存在しない。
「今」は生命の息吹きであり、永遠だと思う。


絵をやめたいと思ったことは一度もないけれど、いつもなんでこんなに苦しい思いをしてまで絵を描いてるんだろう、とは思う。絵をやめる勇気はない。自殺する勇気がないのと似ている。

僕はずっと死にたかった。
今でも時々「無くなってしまいたい」と思うときはある。
支えてくれる家族だっているというのに情けない。

でも、死ぬ勇気はない。チキン野郎だ。

 チキン野郎です。

僕はチキン野郎なんだ、と悟ったときに気持ちがラクになった。


こんな話をすると必ず「死にたいなんて言っちゃダメ」とかいうキモいやつが現れるから嫌だ。
あなたのような人がこの世からいなくなれば死にたい人間などいなくなります、と言ってやりたい。


話がずれました。



そして、

今描いている大きい絵はたぶん今年中には仕上がると思うけれど、自分でもいいのかどうなのかわからなくなってきていて、また全部消してしまおうと思っていたところ、女房が昨日こう言いました。


「今描いている大きい絵。あれ、かなりイイよ。
 あのまま続けて描いたら?」



僕は気に入らないとすぐ消すから。
絵に関係なく、日頃の日常の無意味な人間生活の営み(生命の本質から大きく外れた営み)にイライラして。

地球人がまともな人間だとするのならば、ぼくは非人間でかまわない。
盲目極まりない営みに本気で加担するつもりはない。し、そこまでバカではない。



絵に関しては、

今は芸大出身の彼女の直観に頼っている。


女性の直観に。



僕の絵を本当に理解してくれるのは、おそらく女性だと思うから。













最近、娘がわけのわからん宇宙語で話しかけてきやがると思ったら、ただの英語でやんの。しかも簡単なやつ。でもわからん俺。


↓これは描きかけの絵です。
drawing1.jpg

↓これも。もちろん下地状態で、しかも部分のドアップ。
drawing2.jpg


「 アンドー? 」

「 ちゃう!」

「 アンドゥー 」

「 ちゃうっ! 」

「 アンドゥァ 」

「 ちーがーうっ!」

「 なんやねん。 アンドゥァー 」

「 ちーがーうーって! 『 under 』!! 」

「 ・・上手い・・な。 アンドゥアー 」

「 ちがう。 under  そして、over 」

「 おぅヴぇ・・もうええわ!!」





5才の娘との今朝の会話より。


GODA



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ゴーダワールド   Goda world

Author:ゴーダワールド   Goda world
   
京都在住
画家
既婚
レッドブルぶどう味
コーヒーはブラック
最近はラテ

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