ゴーダワールド

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Tシャツに絵を描いてくれ、と頼まれたから描いたんだよ、て別に言い訳する必要性も何もないんだけどさ、それにしても関係ないけど21世紀になって随分経つのに人類ってあんまり進歩せずに足踏みしてるね


5/25

sorat-shirts.jpg


Tシャツに絵を描いて欲しい、という女房からの注文にふたつ返事で即答したところまではよかったんだけれど、僕は基本的に『ハッチング(引っ掻き)』で線を描くので、Tシャツにどうやったら引っ掻いて線を描けるかをさんざん、もう本当にさんざん考えたすえに、いつものように「つまようじ」を使う事にしたのです。



つまようじにアクリル絵の具をつけて線を引く、というかなりバカな、でも昔のシューベルトとかモーツァルトとかあのへんの髪型が真っ白のくるくるな人達が使っていそうな「羽ペン」とでもいうのかどうかも知らないけれど何だか鳥の羽らしきものにインクをつけて楽譜なんかを書いてそうな、まさにその気持ちでしたね、うん、つまようじだけど。



考えてみたらその手法でも実は「ぜんぜん引っ掻いてない」んだけれど、筆なんかでぴやーって描くよりはなんだか引っ掻いた感じがする、少なくとも僕はする、ので例え1cmしか線が引けなくても僕自身それなりに満足感を持って描く事が出来た。



そうやって苦労して何時間かかけて描いたTシャツを見せたらきっと女房が喜んでくれるに違いないと思っていたのだけれど、それはそれはもうビックリするほどの苦情とお説教タイムとなり、僕も内心落ち込んでしまい、とりあえず名誉挽回のために筆で修正した。ら、上の絵になった。



「もう(怒)。下絵だけもらったらよかった。あとは自分で描くし。」



これは喜んだらいいのか悲しんだらいいのか、女房は基本的に僕が描く線や絵は結構好きらしい。

だけれどその技術というか、まあ技術だね、その繊細な部分にまで意識を集中していないその大雑把な仕事ぶりがA型の彼女にはよっぽど気に障るらしい。もしくは芸大出の彼女が基礎の基礎として持っている最低限の技術とでも言うのだろうか。たしかに彼女の絵や仕事ぶりは繊細なところまでしっかりしている。とてもじゃないが僕にはあんな真似は出来ない、性格的にも精神的にも技術的にも。



女房が以前Tシャツなどに絵を描いていたのだけれど、あれをもらった人達はあの絵がどれほどの集中力と体力と気力と時間をかけて描いているものなのかを知っている人はひとりもいないだろう。僕を除いて。



今回やってみてあれが相当な技術と経験と感覚、判断力で作られていたことが身に沁みてわかった。

あれを2千円から3千円くらいで売っていたのだからどう考えても割りに合わない。下地を洗浄し、デッサンを作成し、描き直しの出来ない一発勝負だから失敗作はTシャツ代の赤字、そしてまた洗浄して乾燥させてから液を使ってアイロンがけなどで定着、そして梱包、郵送。



くだらない作品も多かったけれど、物凄いクオリティの高い脱帽するほどの素晴らしい作品もあった。

今回の僕の作品などはそれに比べると下の下だね。うん。絵だって正味3時間くらいだし。

でもそらが気に入ってるようだから、俺は嬉しい。かなり嬉しい。



☆  ☆  ☆



今日風呂に入っていたときに、今現在仕上げている大型の絵の(といっても正味100cm×100cm)タイトルが降りてきたので今僕はこれを書きながらとても機嫌がいい。だから日記も更新できる。



こういった何らかのインスピレーションがうまく受信出来てない日々が続くとかなりいらいらしてしまい、そんなときに間違ってTVなんかつけてしまうと出演者のダメだし大会が始まってしまい正直自分でもかなりうっとおしい。このイライラは女性の生理のイライラと似ているのだろうか、女房に聞いてみようかと思ったけれど、とてもじゃないが聞けない。



自分に原因があるのはわかっているが、周りから言われるととてつもなく腹が立つ、この怒りを一体どこに持って行けばよいのだ、こんなに生命の根本的な場所で腹が立っているのにこれを我慢しろというのか、そんなことは出来ない、人間はそんなに素晴らしい生物ではない、そもそもそんな大事なものを我慢して鬱憤を溜めることが素晴らしいことなのか、そんなこと誰が決めた、いや、誰も決めてはいない、腹が立っているのだからこれを表現することが人間の仕事ではないか、人間の生命の自然なありかたではないか、そうだ、表現しよう、誰に向かって・・、・・目の前で寝そべって屁をこいているバカ男がいるではないか、こいつだ、うん、そう思うとこいつの態度がだんだん腹が立ってきた、まず寝そべっているという態度が気に入らない、何様やちゅうねん、屁ばっかりこきやがって、そんなことしか能力ないんか、皿洗いのひとつでも手伝えよ、えええい、本気で腹が立ってきた、うきーーーーっ



男「 ??・・・え?何でいきなり怒ってんの?」





  ※ 僕のイライラと女性のイライラ(想像)をmixしてみたつもりです。

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「ひとりで逝く」 アクリル  100×100



   raintower.jpg
  ↑サムネイル

「  ひとりで逝く  」 アクリル  100cm×100cm



絵が完成した。

今日は子供の日ではあるけれど、だからといって特に絵と関係があるわけではない。


いや、嘘です。いきなり嘘をついてしまった。


今まで、絵の説明をすることに抵抗がある、なんて格好つけていたけれど有本利夫が本で自分の絵の説明をしているのを読んで思いっきり感化されようとしている。

有本利夫のファンだから。


自分が見た美術館で「なま」の作品を見て感動したのは二人だけで、一人はエドヴァルド・ムンク。

もう一人が有本利夫。


他にもいっぱいいるけれど自分にとってすぐに頭に思い浮かぶほど印象的なものはこの二人。


また嘘をついてしまった。

他にもたくさんたくさんいた。今これを書きながらたくさんの絵を思い出してきた。

僕はこうやっていつまで嘘を積み重ねて生きるのだろう。


☆  ☆  ☆


「最近の絵は泣いてるのが多いね」



これは女房の言葉だ。

泣いてる・・・なるほど。 ふーん、なるほどねえ。



それでも最近の絵を褒めてくれるので嬉しい。嬉しいに決まっている。嘘でもうれしい。

近所のママさんたちがウチにやってくる機会が多いのだけれど、そのママさんたちも褒めてくれているらしい、という話を聞く。


嬉しい。うれしいじゃないか。


実際は、絵が大きい(100cm×100cm)から確かに普通の家の壁にそんな大きな絵の描きかけ状態の布が掛けてあったら圧倒されるかもしれない。


それに絵の質感(肌触り)や細部(小さな落書きなど)にこだわりたい、というかかなりこだわっているので、web上では絶対伝わらないものも真っ直ぐに伝わるからかもしれない。


もしくは近所のつきあいで、とりあえず褒めているのかもしれない。


どれでも嬉しい。嬉しいに決まってる。


そしてそらが褒めてくれる、なぜか。

「じょーずねー」 って。


涙でるじゃないか。家族みんな褒めてくれているんだ。

義父、母もよく来るらしいが、古い世代の人には伝わらないかも知れない。女房をモデルに描いた写実画なんかを褒めていたらしいから。それでも十分いいけど。


ていうか、我が家の天井や壁などにって、壁貼り用のクロスをたくさん頂いたのに全く使わずに自分の絵のキャンバスに思いっきり使っていることを不快に思っているかもしれない。俺なら思う。


でもこのおかげで布地には不自由しない。思う存分大きな絵が描ける。

この気持ちがわかるだろうか。

壁には1m四方の大きなキャンバスがあって、そこには何を描いてもいいのだ。

誰にも媚びず諂わず、好きなように描いていいのだ。


本来、人生ってそういう風に生きるものだと思っていたし、今でもそう思っているけれど、ここではあえて書くのはやめよう。

それは決して「自由」という陳腐な言葉で片付けられる類のものではないから。


自分におこる何もかもを真摯に受け入れて(ここでいう何もかもとは本当に『何もかも』のことだ)それを自分の選択だと宣言して卑屈にならず恐れずに堂々と前へ進むこと。これが一番近い。




って、絵の説明全然してないね。


いや、これでもしてるんだ。

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ゴーダワールド   Goda world

Author:ゴーダワールド   Goda world
   
京都在住
画家
既婚
レッドブルぶどう味
コーヒーはブラック
最近はラテ

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