ゴーダワールド

 hello. i love you. oh right! Let’s die. Actually, Let’s enjoy my life

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カシミール(スリナガル)滞在3日目

surtanya.jpg

こいつお抱え運転手のスルターニャ。もちろんムスリム。


英語は読めないし、書けない。だからぼくとの会話がたいへん。
何にも通じないから。表情とジェスチャーだけ。

それに、英語以外の教育もまともに受けてないことは周りの人が言っているように少し話せば雰囲気でわかる。
教育を受けられない人に特有の感じがあります。
それを恥じているし、コンプレックスになっている独特の雰囲気と振る舞い。
けれどこいつが一番人間として優しいかな。

そこの大家族は、毎日夜の就寝を家族全員が広い大部屋でごろ寝するんだけれど朝起きてその大人数の布団をたたんで片付けるのは女の人の役割みたいで、大ばあ様がひとりでせっせと曲がった腰で大人数の布団をあげてました。はあはあ言いながら。

それを男たちは全く手伝わずに見てるだけ。

もちろん、僕は、、僕自身決して人間として善い人だとは言えないし、偽善者で自分勝手で嘘吐きだし、世間なんぞくだらない、世の中なんてぶっ壊れたらええねん、なんてかなり危険な発想もたまにいや結構するし、だけれどそんな大ばあ様を黙って見ていられるほど鉄の心臓を持っているはずもなく、ほおっておけばいいのにその老婆の仕事を手伝ったのです。

老婆からはもちろんお礼の言葉も何もありませんでしたし(お礼を期待するくらいなら手伝うなよな)、まわりの男たちは皆「あいつ何してんねん」的な不可解なぼくの行動に?マークを頭の上に並べてました。

どこか、小学校の頃みんなでさぼってんのに一人せっせと掃除してるキモいやつみたいな。
でもこれ、今現在のぼくそのものやん。キモイって言わせたくてわざとキモイ人間を演じてるような。
ま、もし、みんなが真面目に掃除してたら逆にぼくはひとりでサボるけどね。


そんな時。
上のスルターニャがぼくの行動を見て手伝ってくれたのです。
おそらく身分制度の中では低いはずの彼は、ひとりで手伝ってくれたのです。
だれも男たちは手伝わないのに、勇気を出して手伝ってくれたのです。


でも僕はこういう人間が好きなんだよなあ。








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カシミールでイスラム家族の一員になっちった。

あかん。更新しよ。
いつまでも靖国靖国ってまだ言ってるネットくんたちのブログ見てても更新はでけへん。
がんばろ。がんばろオレ。どうせ仕事も暇なんだしがんばろ。
がんばれって言う言葉をこの世から葬り去りたい自分が言うのもなんだけど。


カシミールでイスラム家族の一員となりました。
そこの家で、ぼくの世話係りだったこの人の話をはじめにします。
kashi-nick2.jpg

名前はニック。ムスリム。観光業のガイド兼、薪割り風呂焚きなどぼくの世話係り。
もんのすごい大家族を抱えて必死で働いている(らしい)。
真面目。英語が可能。

いろんなムスリムに出会ったけれど、ムスリムは二つの顔を持っているように思いました。

ひとつは、商業用。ビジネスの顔。とにかく金を奪いとることを考えていること。
日本語を話せるムスリムでも、ビジネスの話になると英語を使う人が多かったです。

もうひとつは、家族用。ものすごく家族、親類を大切にすること。一旦家族に迎え入れられるとどこまでも親切であたたかい。ムスリムは外側からではわからない暖かさやユーモア、優しさがありました。
このあたりがムスリムの結束の強さなんでしょうか。

昨今の日本の家族殺害事件なんてたぶん想像も出来ないんじゃないかなあ。


そのなかでもニックはちょっと違っていました。めずらしくどこか通じ合えるというか、何というか。
ま、一番身近だったせいもあるんでしょうが。

ただ、ムスリムはみんな一日5回の礼拝はどこにいても決まった時間が来ればその場で(こっちなんか無視して)ゴザ?を敷いて行っていたけれど、彼はやってなかったです。たしか。

何度も「礼拝はやらんの?」と聞いたけど上手にかわされて答えてもらえませんでした。
 けれど、礼拝している人を敬ってました。ぼくの見てないところでやっていたのかもしれませんが。
でもぼくが察知するところでは、彼はイスラム教じたいは信じてるが、その細かい決め事や戒律なんかがどうも解せないと感じているという感じを受けました。直観ですが。

ニックはとにかくいろんな世話役をしてくれました。
それは、風呂焚きやストーブ付けだけでなく、食事の食べ方、町の案内、ボートの船頭、いろんな交渉の通訳
こんなにいろいろしてくれて、(もちろん金もたまに要求するのですが)申し訳ないなあなんても思いました。

こいつ・・いいやつだなあ。よく見ると日本の知り合いに似てるなあ。なんて思ったりしながら。

ま、結局、最後カシミールを離れる時にはぼくは大爆発をして怒りで怒鳴り散らすんだけど。


ぼくは初日にイスラム家族の家に迎えられて、長老たちに

「ジャパニーズよ。きみは今日から我々家族の一員だ。苗字じゃなくファーストネームで呼び合おう」と言われました。
ぼくは、「 ファーストネーム?そんなもんはどうでもいい。名前はGODA。 Call me "goda" 」と言いました。

こういった状態の家族なんてまっぴらごめんなぼくは、下の名前で馴れ馴れしく呼ばれる覚えはない、と折角、家族に入れて仲良くしてやろうという雰囲気のムスリムたちの中でひとり頑なに抵抗していました。

今思えばそんなに鼻息荒く対応せんでも、と思うのですが、どうもそのイスラム教を信じてる奴は素晴らしいのだ、お前のような無宗教者なんてそんなことでどうする恥ずかしくないのか!的なノリが嫌で嫌で、自分の名前にGODという綴りが入っているのをいいことにどうしてもそれを呼ばせたかったという意味のない何のこっちゃな理由もあったのです。

ただ、彼らは英語はしゃべれても書くことが出来ないので綴りなど知ってるはずもなく、後で聞いたらゴーダとは「馬」のことらしく、ぼくのこの1人相撲はただ雰囲気を悪化させるだけで、全く意味のないものとなりました。


それからその家では、いや、その区域では、ぼくの名前はゴーダではなく、「ジャパニーズ」になりました。


ぼくは日本でもどこでもこういった空気の読めない行動をとってしまう自分が・・本当に・・もう・・

大好きなんです、実は。

カシミールカレー

まだ旅のことを書き始めたばかりだというのに、まんだまだこれからいろんなことがあったというのに、この先この旅行記をはたして書き終えることがこの僕に出来るんかな。

なーんて、誰も読んでいないのに続くわきゃないっす。(o^-')b
kashi-smoke.jpg

水煙草を吸うムスリム

あかんあかん。続けますよ最後まで。ほしがりません勝つまでは。

グーグルで「インド 一人旅」なんて検索してしまうインド病に冒されてしまい、日本で上手く生きていけないから、ネットで何とか自分の存在意義を見つけようと(余計遠のいていくのに)あがいてる危険信号放出中の同志もいるかもしれんのだ。

それにぼく、どうせ仕事中は暇なんだからがんばろ。がんばれおれ。たまには。って仕事中に書いてるのね。

ていうよりも仕事しろよ。おれ。



カシミールでの最初の食事は夕飯でした。

イスラム大家族の中でぼくひとりポツネンと異国人。

ご飯(べちゃべちゃの白米。ほんまにべちゃべちゃ)とカリーと呼ばれてた汁(おそらくベジタブルとチキン)と水。

もちろん手で食べるのですが、手で食べるの難しい。あいつらほんま上手。
水は・・でもこれで流し込まないととてもじゃないけれどマ○くて食えない。

もちろんミネラルウォーターなんかじゃないよね。ヤバイやつだよね。(のちにかなりヤバイ水道蛇口発見。もちろんそこからのもの)


ちなみにこんなところでエラそーに言わなくてもほおっておいたらいいんですが、日本で巷に溢れるカシミール風カレーなるものは誰が決めたんですかね。ぼくはその実際のカシミールの家庭料理を食べ、ま、確かにカシミールは一週間程しか滞在してなかったんですが、ぼくはただ懐かしさを味わいたくて日本でカシミールカレーなんて書かれたカレーを食べてみるんですが、ほんとうに、ねえ、、もう全然違うやんけーーー!!

ヒドイのになると挽き肉入りカシミールカレー?? んなわけないやろっちゅうねん。

kashi-women.jpg



話を元に戻します。
夕食時ですが、英語でべらべら話しかけられるけど全くわかりません。たしかにぼくは英語がぺらぺらではないんだけれど多少はわかります。彼らの英語が訛りがきつすぎて難しいんです。例えば、

ヨル →your
ネブエル →never
 ワテル →water
 ビンテル →winter

などなど。

初日は、夕飯食べ終わってからビデオを見せられたんだけれど、それがそこの長老家族がメッカの巡礼に行った時のビデオでして。 みんなでかなり盛り上がっていたけれど、これって、

『 誰も見たくないし、見てもちっとも面白くないのに運動会の我が子のビデオを見せる単なる知り合いがやる愚かな行為 』では。

ぼくはそれを見ながら、『 教えてあげたいな。それは日本では最もやってはいけない行為なんだよ。』と。
あと、類似編として結婚式バージョンもあるんだけ・・・・やめとこ。

しかし、本場のメッカ巡礼のなまの映像。(家族がほとんど映ってるだけだけど)
これはある意味凄いです。もちろんみんな正装してますし、長老だって目の前にいるモモヒキいっちょうのただのスケベじじいじゃありません。映像の中ではキリっとした敬虔なイスラム信者でした。

注:イスラム教というのは唯一神アッラーの前では皆平等で、世俗の身分や貧富などは関係ありません。
  だから長老一家はかなり貧乏ですが、巡礼中は立派な佇まいでした。


でもぼくは孫のためにわざとチンチンを出して走り回る(孫大喜び)長老のほうが好きです。


この夜、ぼくは物凄いホームシックにかかってしまい正気を保つのに必死でした。
まだインドに来て3日しか経っていないのに・・。


カシミールでの水上船(ハウスボート)の生活

法外な値段をふっかけられてやつぱり騙されていたのかあ、とガックリきたのです。

でもこんなインドの北の最果てまで1人でやって来ていまさらジタバタして薬丸しててもしょうがないので値段交渉からはじめることにしました。

泊まる所はこんなところでした。船ですから。
ハウスボートと呼ばれてました。

kashi-house1.jpg


豪華です。しかも手作りです。

ぼくは基本的に機械で正確に作り上げたモノにはあまり価値を見出せなくて(まっすぐな線とか好きじゃないです)、こういった手作りには値段が高くてもそれを上回るだけの得るものがあると、感動があると思ってしまうのです。

だから高級ホテルなんてあまり感動がないんですよね。便利ですが。

ただ、中身も西洋風の食器なんかがあるのですが全く機能しておらず、出した形跡さえもない。
西洋なんて知らないけど真似てみました、こんなんでしょ。という感じです。

お湯だってもちろん出ない。ちなみに雪降ったりもするほど寒いのです。
「お湯は?」って聞くと、「お湯か?湯が必要なのか?もちろんある。ただちょっと待ってくれ。夜には何とかする。」と。

今思えば本当に申し訳ないことをたくさんエラそーに言ってしまったなあ。と思うのです。
大消費国の日本から、世界でも特異なある種かなり便利な事柄を当たり前として育った世代である(現在の日本の世間の問題事はこの世代の人間ばかりだね)ぼくは、その横柄な基準をもとに対応していたのです。

要するに、日本では当たり前のことを押し付けたのです。
夜、彼は僕の目の前で僕が眠れるまで暖炉のストーブの薪を焚いてくれたのです。
そして、ぼくが風呂に入る間もずっと火を焚いていてくれたのです。当然風呂は薪で沸かすのですが。
ずっと寒い外で「湯加減はいいか?」と。

彼の指は大ケガをしていました。
もちろんそれは雪の中、薪を切りに行ってくれてた時に切ったものです。

「その指は・・?」 「問題ない。大丈夫。気にするな。それよりも寒くないか?眠れるか? 」 

そういってぼくが眠るまでそばで見守ってくれてました。


★ ★ ★


ぼくは本当に騙されたんでしょうか。
ぼくはガイドブックなんて当時全く信用してなかったので持っていってなかったのですが、のちに出会った日本人のガイドブックにはまるで鬼の首を取ったかのように「絶対にこの誘いに乗らないこと!悪徳業者にだまされます。」と書いてました。

そうですか。ぼくはこのカシミール以外はいわゆるバックパッカーとしていわゆる普通の一人旅をすることになるのですが、このカシミールが一番旅の思い出になってますね。

値段が高いからでしょうか?そんなことありません。交渉次第です。インドですから。
あとでいろいろ吟味してみましたが全然ぼったくってもないです。相場ですしむしろ親身な値段でした。
しかもその値段で『気に入れば何ヶ月でもいていいんだよ』と。

そりゃもちろんはじめの提示額ならばぼったくりもぼったくりですが。



ただ・・蓮の花が一面に咲いてて綺麗だぞ、なんて言われて来たけれど時期が違うのでみんな枯れてましたが。



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ゴーダワールド   Goda world

Author:ゴーダワールド   Goda world
   
京都在住
画家
既婚
レッドブルぶどう味
コーヒーはブラック
最近はラテ

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