ゴーダワールド

 hello. i love you. oh right! Let’s die. Actually, Let’s enjoy my life

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カシミールでは一日中、祈りの呼びかけの歌

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カシミールの景色はたしかに美しいものでした。

ヒマラヤ山脈のふもとですから。


空港での兵士たちとの一件は一体何だったんだ、というくらい穏やかに時間が流れていました。

この地方はインドというよりはパキスタン寄りな感じでして、ほとんど、というか多分全員だろうけど、みんなイスラム教を崇拝しているムスリムでした。

インド圏内でありながらここまではっきりとした回教徒の集落が作られていて、カシミールという町を形成しているのです。

町中に祈りを呼びかけるスピーカーが取り付けられていて、アザーン?と呼ばれる独特のメロディでしょっちゅう歌い、割れそうな音で祈りを呼びかけているのです。一日中。
これはどう考えてもイスラム圏です。

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町の中心街

この歌は、はじめて聴いた時は何だか物凄く怖くて、ナウシカのドルクのイメージを彷彿させる歌だったのですが、聴けば聴くほど気持ちよくなっていったのはなぜなんでしょう。

エラそーに書いてても、ぼくはその当時インドのヒンドゥ教とイスラム教の違いさえ全く理解していなかったのですからかなり困惑しました。というか今でもあまり当時の理解度から変わりありませんが。

言葉なんかもインドを移動して教えてもらうたびに全然違いますし。
この二つの宗教は本当にビックリするほど全く違うというのが今のぼくの見解です。

これではたしかに何も問題が起こらないはずがありません。僕なんかが普通に考えると、隣のパキスタン(イスラム教圏)と同じ文化なのだからもうパキスタンでええやん、なんて思うのですが。

せっかくの穏やかな土地に、兵士たちが銃を持って町をうろうろと徘徊しているし、住民たちはそんな兵士たちを物凄く嫌ってましたし、インドとパキスタンでいまだに戦争しているのも頷けます。

戦争は本当は金儲けと利権のために一部の人間がはじめるもので、宗教争いなどは彼らに上手に利用されているだけなのに。

ガンジーもさすがにここまでは統一できなかったかもしれません。
どちらにしても暗殺されてしまったのでどうしようもありませんが。


僕以外にもたくさんの旅行者が(日本人もふくめて)すでに泊まっていると聞いていたのですが、そんな嘘八百なセリフをまだまともに受けるほど、まだまだ純粋な日本人の心をぼくは当時持っていたのです。

こんなところにノコノコ来るバカはいないでしょう。
当時カシミールは渡航避難勧告が出てたそうですし。
地球の歩き方なんかにはちゃんと忠告で載せているらしいです。

そして豪華な(見かけだけで全く機能していない)ハウスボートに案内され、当初とは全然違う法外な値段を要求され、当然宿泊者はぼく一人ということを知り、やっと僕はだまされたことに気付いたのです。
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印パの激戦区カシミールで 「GODA WELCOME!」 と歓迎される

飛行機の中で初めて見た航空券に書かれた文字 kashimir

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デリーを飛び立ったところ


行き先はどうやらスリナガルのカシミール。
当然その時はどんな場所なのか全く知りませんでした。
妹尾河童氏の「河童の覗いたインド」に載っていたような気がするなあ。という感想でしょうか。
それよりも、ヒマラヤに行けることと、何だかあてもない旅に出てる自分に酔ってました。

インドの国内線は日本から出ている国際線エア・インディアよりもずっと綺麗でハイテクノロジーな雰囲気が漂ってました。
スチュワーデスもサリーなんか誰も着ていないし、カッコいいブルーの制服でした。
それをみてぼくは「ああ、やはり国際線はあくまで観光用、客引き、イメージ戦略なんだなあ。差し詰め、日本なら和装、着物、髪型だって上げて結ってる感じかなあ。」と思いました。


ハイテクな飛行機ですが、ジャンボ機なのに搭乗者は僕を入れて5人。
ぼくを除いたあとの4人は、とにかく眼光が鋭い。そして真冬の格好(うす汚い茶色いポンチョ)でした。
オレンジ色のジャンパーを着たぼくはあきらかに場違いな印象でした。

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ヒマラヤ上空の写真

カシミールまで1時間ほどのフライトでした。
ぼくはコーヒーを3杯ももらいました。

空港に降り立ったとき、ぼくはすべてを悟りました。

『ここは僕のような日本人が来てはいけない場所だったんだ。』

まるで入国検査のような厳しい検査。
機関銃を持った軍人たちがずらっと並んで威圧しています。
そしてその誰もが明らかに異質なオレンジで目立つ僕を不信に思っていたようです。

「あいつ何者だ? どこから来た? 何しに来たんだ?」

ぼくは無視して必要書類を書く事に専念してました。
そこに書かれた職業欄にカメラマンと書いてるのを見て、またもや引き止められました。

「カメラマン?何しに来た?お前観光ビザじゃねえか!」

ぼくのナップサックを隈なく検査していました。

「日本人で観光で来た。カメラはこれだけ(オリンパスのPEN)。仕事ではない。仕事のカメラは持ってきていない。」

横柄な態度でパスポートを返されて「行け」と顎で合図されました。

そして、ゲートを抜けた後もずっと僕のあとをつけてくる銃を持った軍人から逃れようと足を速めました。
向こうの方で「 GODA WELCOME ! 」と書かれた紙を持った人間がいたのでそちらに急いで走りました。

その人達がデリーで紹介されたムスリムの知人だということを確認すると、彼らは「急ごう!行こう!」
といって一緒に走り出しました。そしてそのうちの1人が残って、「こいつは日本人だぞ!観光に来てるだけだ!何も怪しくない!」と軍人に叫んでました。

その走っている時に、ひとりの乞食がぼくによってきてこう言ったのです。

『 ジャパニーズ。あんた何しに来た?こんなところに来てはいけない。はやく国に帰りなさい。』と。


ぼくは車に乗せられて一息ついたあと、どういうことなのか説明してくれと言いました。
彼らは誰も口を開きませんでした。

しばらくして1人が「 残念ながら今は情勢が良くない。だけれどお前は大丈夫。誰もお前を攻撃したりしない。日本人だから。 ただ、軍人がいる場所は行くな。仕方なくその場所を通る時は伏せてるか、じっとしてろ。
それ以外の場所は全然平気さ。安全だ。それに俺たちといれば大丈夫だ。」


ぼくはその言葉を上の空で聞いていました。

先ほどの乞食の言葉があたまから離れなかったのです。





インドでいきなり考えた

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インドに来てみたものの、はて、どうしたものだろうか。
まず通貨の価値がわかりません。言葉もわかりません。もちろん文化も。慣習も。
困ったなあ。朝起きたらとりあえずどこか町へ繰り出してみようかなあ。

なんてことは一切気にしなくてもよかったのです。

放っておいても向こうからいくらでも来てくれますから。

初心者マークを顔に貼って歩いているような僕は、インド人のみなさんにもすぐわかっていただけたようで、朝起きたらたくさんのインド人のみなさんが押しかけてきて、僕が何にもしなくてもいろんな人が僕の旅の段取りを勝手に決めてくれてて、いろんな案がズバズバと出されました。

それがはたして妥当な値段なのかどうかも全くわかりませんでしたが、その契約をしてしまうとぼくの財布は空っぽになるので辞退しました。しかし、出されたインドカレーとチャイに釣られて一日だけの観光ツアーのガイドを頼んだのです。

これはその日に撮った一枚です。

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ただのガソリンスタンドなんですけど。

そんなこといっても世界は結局、未だに石油の取り合いでキュウキュウしているのですから。
新しいエネルギーが発展できないのも人類がいまだに戦争をするのも元はと言えばこの石油が・・・・・やめとこ。


それに僕の観光名所の写真なんてつまらないですし、他のサイトを見たらもっと上手で綺麗な写真がいっぱいありますから。
露出もちゃんと合わせて一眼レフで撮影して、色や焼き方やトーンカーブなんかで調整してくれてる写真が。


あとこの写真もこの日の写真です。

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観光の車(軽のバン)から撮った物乞いする少女を無視して走り続ける図です。


夜に出会ったムスリム(イスラム教徒)が「ヒマラヤに一週間ほど行かないか」と持ちかけてきましたので、騙されてもいいやと思い、どうせ暇なんだしと少し冒険気分で行く事にしました。

そこはインドとパキスタンの激戦区のカシミールだと知ったのは翌日の飛行機の中で見たチケットにkashimirと書かれた小さな文字をみつけた時だったのです。


インドのデリー 夜中に到着。

これはインドに到着してから初めてシャッターを切った写真です。


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到着したのが夜中だったので、部屋の中で鏡に写った自分を撮影しました。

このホテルにいたるまでの過程は話すと長くなるので省略しますが、とにかくインドの空港で知り合った日本人の女の子と二人でこのホテルに連れてこられたのです。

その女の子も1人旅でした。

ホテルは別々の部屋でしたが、夜中にぼくは彼女の部屋にお邪魔しました。
お邪魔しただけです。え?失礼ですか?そうでしょうか。
女の子がたった1人でおそらくそれなりの決意でインドに来ているというのに知らん顔のほうがずっとずっと失礼だと思いますが。


「インドには神はあるが紙はない」

そう聞いていたぼくは部屋のトイレに神が・・いえ、紙がないことにびびることなくじゅうぶん日本で予習してきたとおりに左手でうんこを拭きました。

これでぼくの左手は一気に色即是空な宇宙世界と一体になりました。


しかし当然ですが、興奮しすぎて眠れません。

それは決して左手が宇宙になったからではなく、また、今日知り合った女の子にまるで夜這いにでも行くかのような行為に反省したわけでもなく、ただただ、自分がもう社会人として働いているにもかかわらず仕事(カメラマン)をほっぽり出して突然インドなどに出掛けるといった行為に対する過剰な意気込みみたいなものが原因だったのはわかっていました。


翌朝、部屋の窓からの写真。

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ぼくのインドに対する恐れみたいなものが表れている写真です。

まだ不安と恐れでいっぱいでした。





インドへ旅に出る前日

思い出しました。

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ぼくがインドへ旅に出る前日、用意していたナップサックの中身をみて彼女が言ったのです。

「こんな小さいハサミ何に使うの?」

何を言っているのだろうこの娘は。ぼくが小さいハサミでまつ毛でも揃えるとでもいうのだろうか。

「 何?って、鼻毛を切るに決まってるじゃん
  一ヶ月以上旅するんだから鼻毛切らないとバカボンパパのようになるやんか。」

そう答えたけれど、どうも???マークを頭の上に泳がせてる様子からして彼女にはうまく伝わってない

「ええと、どうも上手に伝達することが出来なかったようだから一から説明しますけどよろしいですか。
あの、、鼻毛って知ってますよね、ハナゲ。この鼻の穴から変なゴミを体内に取り込まないように
取り付けられているこの黒い毛のことなんですが。それをですね、このハサミで切・・・」


「抜いたらええやん。」

彼女は真顔で答えました。

そして続けて「そんなん抜いたらええやん。明日からインドに行くんやろ?そんな国でちまちまハサミで鼻毛切ったりするん? そんなん手で抜いたらええやん。」

手で抜く・・。そんなお野蛮なお下品なお行為を・・。
その当時のぼくは鼻毛を手で引っこ抜くという発想すらありませんでした。

鼻毛って引っこ抜けるの・・?


そして、

ぼくはインド滞在の一週間目にはハサミを無くしていました。確かカシミールあたりだったと思います。
バカボンパパも悪くないなあ、なんて思っていた時先の彼女の言葉を思い出しました。

『抜いたらええやん』

その雪の降る(カシミールは雪でした)インドの最北端の湖に浮かんだボート(家)の暗い部屋でぼくは
人生のうちで三本の指に入る決断をしました。

よし。鼻毛を抜いてみよう。

こんな短い毛をひっぱって目が飛び出ないだろうか。もしくは鼻血がだらだらと出るんじゃないだろうか。
こんなところで鼻血だして1人志村コントやってもしょうがないけどなあ。

ぼくは決死の覚悟で右手で右の鼻にある鼻毛をつかみ、もう死んだっていいや、なんていう訳の解らない
心情で思いっきり引っこ抜いてみました。
ぶちぶちぶちっ。

「いたーっ!いたいいたい!」


その空間はしばらくの間、神々しい静けさに包まれていました。
ぼくは聡明な表情でおだやかに何かを達成した充実感で満たされてつぶやきました「世界はうつくしい・・」と。

一皮向けたぼくは少しばかり大人になった気がしました。
でもこれは人生最大の決意だった『お水の中でおめめを開ける』は超えられなかった。



その鼻毛抜きを教えてくれた彼女はインド出発の時に

「何?その地味な格好。せっかくインド行くんやったら派手な格好でアピールせなあかんやん。
 もうはじめから気持ちで負けてるで。」

ぼくのささやかな「少しでも悪徳の人間に騙されないような格好で旅をする」という旅人の常識、いろは
の「い」も彼女のセリフで変えられて、オレンジの目立つピカピカの格好で行くことになり、それが
原因で様ざまな困難を極める出来事に遭遇する羽目になりました。


そしてその彼女が、現在のぼくの妻なのです。


仕事をほったらかしてインドへ

インドのリクシャー

カメラマンの仕事をほったらかしにしてインド行きの格安航空券を買ったのです。

買ってしまえばもう行くしかないと思ったのです。

「俺も一緒に行く」となぜかまわりに言っていた元友人は、案の定口だけでして、だいたい普段からやたらと大口叩くような自分の凄さを強調するのが好きな人間は、土壇場では何の役にも立たないというのは定説なんですが。

本当に役に立つ、つよい人って寡黙な人に多いです。

というわけで、当初から予定してたとおり一人でインドに行ったのです。

別にインドに一人で行ったからって何も凄いことなんかありゃしないんだけれど、正直言ってインドに慣れるまでは想像以上に大変でした。


それはおそらく初めての海外旅行で一人旅だったからだということも大きな理由のひとつだとは思います。

出発の日は、天気予報がおもいっきり外れてものすごい快晴だったのです。

ぼくは一人でこれからしばらくは戻らないガランとした部屋を見て
「よし、いこう。」

と、たかが海外旅行をするだけなのにやけに変なところにチカラの入った今思えば少し不自然な、肩にチカラが入りすぎた、でもどこかアツい心とでも言ったらいんでしょうか、冒険への意気込みみたいなものを感じてました。

でもそれはとても大事なことのように今でも思います。


このように、ぼくのインドへの旅は始まったのです。


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Author:ゴーダワールド   Goda world
   
京都在住
画家
既婚
レッドブルぶどう味
コーヒーはブラック
最近はラテ

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