ゴーダワールド

 hello. i love you. oh right! Let’s die. Actually, Let’s enjoy my life

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愛娘の幼児音楽はBill Evans



           



この画像(携帯)を撮って、わかったことが一つだけあるのです。

それは、くれよんしんちゃんを描いた人は物凄く自分の子供(しんちゃん)を愛していたということ。それはもう本当にたまらないほど。



        ★

今日もあいかわらず女房が買い物をしている間に、そ~っと、カール(うすあじ)を買い物かごに忍ばせているゴーダです。それはともかく文字がデカイのはあまり気にしないでください大した意味はありませんから、っていうかぼくの書く文章に深い意味なんぞありませんから本当にこれ参りました、って何か食わず嫌いなセリフですがぼくは相変わらず胡瓜がどうしても食べられないのですが、娘に目の前でパクパクと食べられた日にゃ、0才にして早や父親をまたいで軽々と踏み越えて行き、親父立つ瀬無しでまたもや暗い部屋の隅っこで膝を抱えて座っている毎日なのです。



ここ一週間以上もうまともにTVも見ていない状況ですから一体世間では何が行なわれているのか、何か地球上における生命としての重大な発展があったのかどうかさえ知らないという非国民な、いや、非人類なぼくですが、おそらくまだ自動車は石油で走ってるのだろうし、結局その資源の取り合いで世界もキュウキュウしてるのだろうから、例えば今日だってこんなにいい天気の日曜日に窓を開放させてウクレレでプレスリーのBLUE HAWAIIなんぞを娘に歌って弾いて聴かせてたら、何だかとても深刻そうな顔をしたおっさんが憲法9条を守ろう会の署名を頼みます、なんて我が家にやってきて、自衛隊が戦争することになってもいいんですかって言われて、ぼくはただ愛する娘に天気がいいからプレスリーを歌ってやってただけなのに困ったなあ、という表情で「9条を変えるとか変えないとかはわかりませんが、たとえば自衛隊が戦争に行くことを偉い人たちが勝手に決めたとして、若い人たち自身がそれでも戦争にいく、行かなければならない(たとえば金のために)んだという人がいることのほうがずっと問題だと思いますが。そんな人はいないと願ってますが。」なんて言ってみたものの、『こいつは阿呆だな』っていう変な笑顔で去っていったのでどうやら僕は見当違いな返答をしてしまったみたいで申し訳ないものです。

それにしてもこんなだらだら長くなるんだったら小さい文字にすればよかったなあと少し後悔してます。



久しぶりに買ったCDは、Bill Evans trioの「Waltz for Debby」で、「Portrait
in jazz」と迷ったんですがタイトル曲のtake1がボーナストラックで収録されてたので前者に決めました。えっ?今さら何言ってるんですか、こんな名盤中の名盤を持ってないわけないでしょう?って言われても持ってないんですっ。CDでは。



最近我が家はまるで保育園のような「おかあさんといっしょ」状態になっているのでここらでストップかけておこうという僕の密かな策略を女房は知らない。



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カミュ信奉者がくれたメモ


ここに、ある一人の住所と名前が書かれたメモがある。

そのメモを僕に渡した彼は、いわゆる物凄く変わった人間でありながらおそらく誰の印象にも残らなかった、そんな風な印象をぼくは持っている。

彼は確かにそのメモを渡す時にこう言った。

「ぼくはこうやって住所と名前のメモをみんなに渡して年賀状をお願いしてるのです。それがぼくがこの世に生きている証だと信じられる証拠になるのです。馬鹿馬鹿しいことなど承知の上なんです。必ずお返事しますのでお願いします。」

ぼくは基本的に年賀状は一枚も書かないと随分昔に決めた人間である。

その趣旨、理由などはいちいち言わないがとにかく書かないことに決めたのだ、と断った。

 それでもいい、とにかくこのメモを受け取ってください、もしかしたら気分が変わって書きたくなることもあるかもしれませんし、と言って彼にしては珍しく強引にそのメモを渡してきた。

彼は自分でも言っていたようにかなりの哲学文学少年であり、特にカミュの信奉者だった。

そんな彼がある日ぼくに読んでほしいといって持ってきたのがカミュの「シーシュポスの神話」だった。

その本は厚さ5~7mmくらいの薄い本だけど、その中は付箋やらアンダーラインやら色ペンなどで彼の読んだ手垢がびっしりと詰まっているシロモノで、厚さも1cm以上に分厚くなっていた。



『 キモっ 』



これはその時の僕の正直な感想だ。



おそらくぼくが普段、哲学的なしゃべり方をしたりするから興味を持ったのだろうが、ぼくはカントやニーチェをかるくかじった程度で正直言って哲学者や文学者よりは絵描きや音楽家のほうの思考や人生に惹かれていたので、別に本を借りるのはいいけど少し困惑していた。

そしていつまで経っても読む気のないぼくに痺れを切らしたのか、その手垢まみれの本ではなくまっさらの本をわざわざ購入して取り替えてくれた。

ぼくは今は読む気はないんだ、と伝えると、いつでもいいです、読みたくなったときでいいですから、ただ、ゴーダさんには読んでもらいたいんです、ゴーダさんならわかってくれると思うんです、と言って今すぐ読むことにはとくに気にはしていない様子だった。

彼と一緒にいる時は必ず哲学的論争のようなものをやりあった。


彼はいつも、「ゴーダさんは実存主義者なんですね」と言っていた。はたしてぼくがいわゆるサルトルの言う実存主義者なのかどうか今でもわからないし別にそれ(実存主義)でも一向に構わないと思うし、その時も同じように答えていた。

ぼくは哲学的思考や論争など二のそのまた次でいい、それよりも今この自分のなかに沸き起こる感情や状態を外に向けて表現することが今のぼくにとって大事なんだよ、というといつも「それを実存主義というんですよ」と言っていた。

ぼくは、彼と話していると楽しいのだけれど何かがひっかかる、何かが気になる、と思っていた。

それは彼が人生の中で一番大切にしてるのが、出会った人から年賀状をもらうというただそれだけの、本人にとっては物凄く大事なことだろうが、それに終始こだわっていることにも関係していると思ってた。



結局、彼は何らかの理由でその同じ職場を突然辞めることになった。

そしてその年の正月、彼からの年賀状は結局届かなかった。

それからぼくは何度も引越ししたし、実際その彼のことなどすっかり忘れてしまっていた。


それを思い出したのはそれから何年も経った後、ぼくがインドのバラナシにいた時だった。

ガンジス川沿いをぶらぶらとしていた時に葉書を売っている小さな子供たちを見つけて、突然そこから日本に年賀状を出そうと思い立ったのだった。もちろん年賀状を出すのは10何年ぶりだった。

たまたま財布の中に彼のあのメモが入っていたといえば確かにそのとおりなんだけど、なぜかそのバラナシというシチュエーションで文章を書くには彼はピッタリの相手だった。

ぼくは子供たちから買ったぼろぼろのハガキに、彼に宛てて年賀状を書いた。



   おひさしぶりです。ゴーダです。

   今はインドのバラナシです。

   約束守ります。

  
                Goda



短い文章だけど、ぼくのすべてを表していた。
彼ならわかってくれるだろう。きっと。
しかし、日本に帰ってからも彼からの年賀状は届かなかった。

そしてある日、風のたよりで彼はずいぶん前に自殺したことを知った。


               ★

ぼくは今日、久しぶりに天気のいい太陽のもとでカミュを読んだ。

青空は高かった。あの青色はどうやったら出せるのかな、なんて考えていた。

はるか上空をまるで止まっているみたいに飛行機がゆっくりと飛んでいた。

ああ、あの飛行機はどこへいくのかな・・・。



そしてぼくは今日、そのメモを破り捨てた。





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ゴーダワールド   Goda world

Author:ゴーダワールド   Goda world
   
京都在住
画家
既婚
レッドブルぶどう味
コーヒーはブラック
最近はラテ

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